官僚制度は人工知能で代替または補完しうるか?
まず、官僚制というのはそもそもが徴税による富の収奪及びそうして王なり皇帝なりが得た富の公共サービスを通じた再分配を円滑に行うためのものであった。王様一人では到底、それに必要とされるだけの情報量を捌けなかったので、近しい者(おそらく、王家の家内奴隷だったろう)に輔弼させたのである。
その後、様々な紆余曲折は経ているが、結局のところ建前としては政治家の判断を助け、公共サービスを提供するという部分は変わっていない。
だが、近年においては「官僚制」なる言葉はもっぱら罵り言葉でさえある。非効率だ、ということの同義語として使われている。
実際、たしかに弊害といえるものはある。意思決定は遅いし、杓子定規な対応(尤もこれは必要性があってそうしている部分もあるが)は市民を苛立たせる。また、政治家の意思決定を補佐するというより事実上政治家に代わって政策を立案しているのは民主主義にとっては明らかに好ましくない。
とはいえ、我々が公共サービスを需要する限り、官僚制の代替案はまずない。
ところで、近年では人工知能が長足の進歩を遂げている。このAI技術が社会に与えるであろうインパクトの一つに考えられるものとして、人間の仕事を代替する(観方を変えると奪う)という予測がある。
ここで、官僚制を人工知能によるアシストでより効率的に運営できないか、あるいはもっとラディカルな意見としては人間が公共サービスを維持管理するというのがそもそも非効率であるから、全てAIに丸投げし、人間は最低限AIの維持を行う技官だけに留めるべきだ、といった発想が現れる。
もちろん、これは何も官僚制だけに限った話ではなく、ほぼ全ての職業に関してそうである。だが、官僚制は特に人工知能的な意味で実装が容易そうだ。その理由として、官僚制の特質には以下のような、いかにもコンピュータと相性が良さそうなものがあるからだ。
・規制による規律
・明確な権限
・明確な階層構造
・公私の分離
・文書主義
いずれも、人間より機械が得意そうなことばかりである。
仮にコンピュータがどんどんと更なる進歩を遂げ、特に自然言語処理である程度の水準に達した場合、このアイディアは「技術的には」充分実装可能であると感じられる。
ただ、他に厄介な問題が一つある。即ち、「責任」である。
もちろん、AI官僚制なるものが仮に実現したとして、それが汚職に走るということはまずない(AIのシステムを悪用して汚職する人間はいるかもしれないが、あくまでAIが汚職するわけではない)が、しかし公共サービスの供給が何らかの形で滞った時、あるいは事故が発生して死傷者が出た時。
こういった時に、誰が責任を取るか。もちろん、これは市民の側の意識や、法体系がそれに適合していれば問題はない。そして、いずれは適合するだろう。
しかし、これは導入に向けてかなりの障壁になることは容易に想像され、また適合それ自体にもかなりの時間がかかるものと思われる。既存の官僚制度で既得権益を得ている人々からの反発もあろう。
一つ、導入される形としては官僚制度が政治家を輔弼するようにAIが官僚制度を補佐する、というのが、最もありそうなそれだろうか。