惑星からの逃走線

読書記録や研究上で思いついたこと、日々の雑感など。

ラピュタ帝国の興亡

バルス!」

 そう、皆大好き天空の城ラピュタである。だが、私としてはあの物語は不完全だと思っている。

 別にグラサンロリコンが世界征服を試みようと、ドーラ一家が財宝を狙おうとパズーとシータがリア充していようと構わないが、宮﨑駿は一つだけ忘れ物をした。

 そう、ラピュタ帝国がその恐るべき科学技術により世界を支配し、繁栄し、そして何かによって滅んでいった……その過程である。一つのサーガとして、これは欠くべきではない(子供向けアニメだということはこの際措く)

 

 さて、劇中で明示されることはあまりないが、しかしラピュタ帝国の体制や社会、文化などを窺うための手がかりは全くない訳ではない。

 この記事では、それらからかつてのラピュタ帝国の繁栄と、そして滅亡の理由を可能な限り再構成したい。

 

1. 「ラピュタはかつて天空にあって地上を支配した、恐怖の帝国だったのだよ!」

 愛されキャラ、ロムスカ・パロ・ウル・ラピュタ王の御言葉である。

 彼はおそらく劇中において最もラピュタの歴史にも通暁した人物だったと推察される。この言葉も、信頼に値するものと思われる。

 この言葉をそのまま解釈すれば、要はラピュタ宗主国で地上に多くの部分を植民地化したものと考えられる。

 ただ、問題なのはどのようなタイプの宗主国‐植民地関係であったか、である。歴史上、植民地や宗主国という言葉で一括りにされてきた、内実としてはかなり異なる種類の国際関係があったのである。

植民地 - Wikipedia

 まず、我々が聞いて思い浮かべるのは例としてはイギリスに対するニューイングランド植民地(即ち後のアメリカ合衆国)、或いは英領インドや仏領西アフリカ、蘭領東インドであろう。

 このうち、ニューイングランド植民地は要は先住民の意向を無視し勝手に本国から入植民が押し寄せ、事実上文化的には本国と同じになったというものである。仮にこういった植民地であったなら、ラピュタ人も何らかのカタストロフを被った際にそこに避難し、科学技術を温存しただろう。なので、植民地といっても英領インドや蘭領東インドのようなタイプだと思われる。

 ただ、問題はそういった類の植民地主義は近代資本主義とともに勃興したものである、という点である。ラピュタ帝国華やかなりし頃は、資本主義的な社会が地球を覆っていたのだろうか。

 

2. 異様に進んだ科学技術は何だったのか

 ラピュタ人の駆使した技術は、明らかにオーバーテクノロジーである。

 なぜ、他の民族に先駆けあのような極度に進んだ技術を手にすることができたのだろう。

 一つには、ポム爺さんの発言が手がかりになる。

ラピュタ人は、(空気に触れると瞬時に酸化してしまう)飛行石を結晶化させる技術を持っていた」

 飛行石自体は、パズーが働いていた鉱山でも採掘可能なものだったようだ。どの程度まで地殻に偏在し、採掘可能量はどの程度かといったことまではわからないが、しかし恐らくはこの鉱石と鉱石を採掘するための労働を収奪していたのだと推察可能だ。

 そして、あの異様に発達した科学技術は、その飛行石を使いラピュタ人だけを空中で生活させる中で、ある種の錬金術師的な知識を持った王家が開発していったものであろう。

 

3. なぜ滅んだ?

 まず、ラピュタ帝国には明らかな矛盾があった。空中で生活しているにも関わらず、その根幹は飛行石――即ち地下資源に頼っていたわけである。他にも、植民地人民の酷使など、社会的な矛盾も蓄積していたと思われる。

 では、結局何が原因なのか。少々迂遠だが、消去法で考えてみよう。

 まず、環境の変化で滅んだということは有り得ない。なぜなら、ラピュタ帝国は空中を移動可能だ。気候が悪化したとしても別の場所に移れば良い。

 次に、外敵の侵入もまず考えられない。

 更に、植民地人民の蜂起なども軽く粉砕できたものと思われる。

 他に考えられるのは、飛行石採掘現場で監督の任にあたっていた、ラピュタ人の謀反である。

 飛行石採掘は帝国の命綱である。当然、帝国の最高幹部、推し量るには王族が監督者として派遣されただろう。

 だが、同時にこれは派遣される当人にとっては汚穢に充ちた地上に降ろされるわけで、かなり屈辱的な部署であったとも考えられる。

 ここで、地上部署担当者としては、帝国に対し飛行石の供給を止めることで圧力をかけられることに気付いた時、その誘惑に抗しうるだろうか?

 そして、一度そのような形でラピュタ帝国に内乱が発生した時、どうなるかは想像に難くない。

 また、もう少し踏み込んだ解釈ではあるが、地上で監督していた王族がムスカの、天空に留まっていたのがシータの、それぞれ祖先であるとも考えられる。

 

 

4. これらから推測するラピュタ帝国の興亡史

 まず、ラピュタ人がどのような出自の集団であったか明らかでない。

 おそらく、飛行石結晶化技術発見以前は他の諸民族と大して変わるところはなかったと推察される。

 だが、後のラピュタ王家の太祖になる人物がそれを見出してから、民族の躍進が始まった。

 天空に誰にも邪魔されない自分たちだけの空間を確保してからは、存分にその科学の才を発揮し、そしてそれを支配に使った。

 地上のほぼ全域をその支配下に収め、収奪の限りを尽くし、ラピュタ帝国の栄光は永久に続くと思われた。

 しかし、何代目かのロムスカ・パロ・ウル・ラピュタが地上に責任と汚辱を伴って降ろされた時、静かに滅亡が始まった。

 以前から将来を嘱望されていた彼(あるいは彼女だった可能性もある)は、自らが中央へ返り咲く可能性に賭け、飛行石の供給を停止したのだ。ロムスカは一時的に停止したつもりだったが、実際には永遠に停止することとなった。

 かくて、基幹技術の要を失ったラピュタ帝国は崩壊し、僅かな生き残りが残り、一つの伝説になったのだ。